共生モビール・その3 せめぎ合いが支える共生関係

今回のモチーフは、これはカードでも何度か紹介した「イチジク」と「イチジクコバチ」の共生関係です。知らない方のためにざっくり紹介しておきますと・・・

 

漢字で書くと「無花果」という字面の通り、一見花がないかのように見えるイチジクですが、実の中に花をつけるため、外からは見ることができないだけなのです。イチジクを食べるとプチプチする部分、実の真ん中の赤くてグニャグニャしたところがイチジクの花にあたる部分で、数百もの花が密集しています。普通の植物は、蜜を吸いにきた昆虫や風の力によって授粉を行いますが、花が実の中に隠れているイチジクの場合は、なりゆきにまかせていては子孫が残せません。そこで登場するのが「イチジクコバチ」。イチジクの中で孵化して育って交尾まで済ませちゃうこの虫、花粉を身につけた交尾後のメスコバチが飛び立ち、出産のために他の実の中に潜り込むことによって授粉がおこなわれます(ちなみにオスのコバチは生まれてから死ぬまでイチジクの中で過ごすそうです。これはツライ)。イチジクはコバチに安全な産卵と成長の場を、コバチはイチジクに授粉の機会を与えるこの共生関係は一億年以上もの間続いており、ある種のイチジクに潜り込めるのはある種のコバチのみと、今では厳密な一対一の対応関係が確立しています。

 

と、ここまでが前置き。地球環境問題が大きな話題となる昨今、「共生」とか「共進化」という言葉をよく耳にする機会も多いのではないかと思います。字面だけ見ると、何だか心優しい生き物たちが、お互いを思いやりながら支え合っているようなイメージを持ってしまいがちなんですが、現場で起きているのはそんな生やさしいもんじゃないんだぜ、ってのが今回のテーマです。むしろ自分はできるだけ楽をして、相手から少しでも多くむしり取ってやろうと、お互いに騙し合い裏をかき合っているというのが現実の姿。あんまりうまくできているものだから、すっかり安定しているかのように見える「イチジク」と「コバチ」の関係にも、次の段階とも呼ぶべき騙し合いの様子が現在進行形で見て取れるのです。

 

今回の主役は、6匹のコバチの中に1匹だけ混じっている、黄色い花粉を身にまとわないコバチです。このコバチは、胸のポケットに花粉をかき集める手間と重い花粉を持ち運ぶエネルギーを惜しんで、手ぶらで産卵先のイチジクの中に潜り込みます。おそらく進化の少し前の段階では、花粉を持ったコバチとそうでないコバチを見分ける手段をイチジクは持ちませんでした。この場合、イチジクは授粉のチャンスを逃し、コバチに対して一方的に場所を提供するだけということになってしまいます。手ぶらのコバチは、いわば紳士協定を破る裏切り者。そこで現れたのが、コバチの裏切りを見破るイチジクでした。このイチジクは裏切りに対する制裁として、手ぶらのコバチが産卵した実には養分の供給をストップし、コバチの子供が育つ前に実を落として殺してしまいます。まさに自爆テロとも呼ぶべきそのメカニズムは未だはっきりと分かっていないそうなのですが、興味深いのが、イチジクの種類によってこの制裁行為の行われる割合が異なっていること。日本のイチジク・アカイヌビワは制裁力が弱く、裏切り者が成功する可能性が高いんだそうです。数万年後にはこのパワーバランスも変わっているでしょうから、まさに今目の前で起こっている進化の姿です。

 

そんなわけで、コツコツ真面目に花粉を集めるべきか、一か八か手ぶらで飛び立って一足先に条件の良い実を見つけるべきか、今日もコバチ達は悩み続けているのでした。これに似たこと、人間の生活でもよくありますよね。